園長日記

2016 年 12 月 10 日 土曜日

 「日本人のひるめし」の著者である酒井さんは、こう振り返ります。「かつては主婦の家事労働は所得としての価値はほとんど認められておらず、主婦は支出を節約するためには家事労働をいとわないのが一般的な風潮でした。生活意識の変化とともに、家事労働から解放されるためには、現金を支出するのは当たり前という考えが生まれ、大多数の主婦に共通する意識として定着してきている。」かつて家事として行ってきたもので、最近は現金で購入するものとして、沢庵や白菜漬け、梅干しなどの漬物、サバのみそ煮やきんぴらごぼうなど、おふくろの味と称される惣菜までも出来合いを買う人が増えていると言います。この他にも、ただ温めるだけ、揚げるだけ、といった具合にあまり調理を必要としないインスタント食品や冷凍食品、さらにはレトルト食品なども着実に食生活の中に入り込み、主婦がこれらを使う機会も間違いなく増えていると言います。現在では、家計の食糧消費の50%以上を加工食品が占めるようになってきたそうです。
 もう一つは、社会の側が用意した食卓ともいえる外食産業で食事をする回数が年々増えてきていることです。内閣府で行ったちょっと前の調査ですが「食育に関する意識調査」によると、外食をする頻度は、男女ともに「月に数日」と答えた人の割合が最も高く、男性で36.6%、女性で44.1%である。性別・年齢別にみると、男女ともに、年齢が高くなるにつれて「ほとんどない」と答えた人の割合が高いようです。毎日外食と答えた人の年齢層は、面白いのですが、20~29歳では5.7%であるのに対して、30~39歳では1.8%に減ってくるものの、40~49歳になると、5.6%に一気に増えます。この年齢では、子どもが思春期の頃、父親とほとんど食事をしない割合ともいえます。
 この外食の増加には、家庭の問題だけでなく、外食産業の目覚ましい発展があります。ファーストフード、ファミリーレストランだけでなく、最近は、誰でも気軽に、安く、いろいろな種類を食べることができます。また、コンビニや、デパ地下なども充実し、ますます、家庭での食事は、きれいに盛り付けることとおいしく食べることだけへ、つまり食事行動のプロセスの中の楽しい部分だけに特化されてつつあります。それは、最近のお弁当を見ても同様なことが言えます。手づくりのように見えて、中身はほとんど冷凍か家庭外で作られたものを詰めることが多くなり、盛り付けを楽しむという部分だけを家庭内で行うようになってきています。
 このように、社会への依存度が大きくなれば、家庭内の仕事は当然減り、余暇の時間が増えてきます。主婦の義務であった料理を男女をとわず多くの人が参加できる趣味となる可能性が高いと酒井さんは言います。つまり、日常の食事はインスタントものなどの加工食品にちょっと手を加えるだけで済ませ、あるいはてんやものや持ち帰り弁当なども含めた外食で済ませておき、ときどき家族がそろうときにおおごちそうを作るといったことが、近い将来の食事の姿について描けるのではないだろうかと酒井さんは言っています。
 そうして、こう提案しています。「休日の昼食には家族そろって庭や郊外でバーベキューを楽しんだり、親子が力を合わせて昼のご馳走を作ったり、あるいは日頃家庭サービスの十分でない父親が家族のために腕を振るったり、昼食はこのような要素を取り込んだ食事という側面を持つようになるであろう。昼食時に家族全員がそろって共食をすることによって、薄れつつあった家族の連帯感を取り戻すための格好の機会となるのではなかろうか。」と言っています。
 このような指摘、皆さんはどう考えますか?

2016 年 12 月 3 日 土曜日

 先日、毎年恒例のおにぎりパーティーが開かれました。4月から育てて来たお米を収穫し、精米したお米をやっと食べられるという日です。
 今年は、朝から栄養士による食育指導として、お米についてのお話から始まり、次に、園庭に出て、飯ごうを使って子ども達の目の前でご飯作りを見せました。炊き上がる前から、子ども達はワクワクドキドキ、きっと多くの子どもが飯ごうでご飯を炊くのを見るのは初めてだったと思います。炊き上がるとすぐにその場で全員がご飯の試食をしました。「ホクホクで美味しい」とか「あま〜い」などおもいおもいの感想が聞かれました。
 そして、給食の時間、お茶碗にラップを敷き、ご飯をよそってもらいます。それぞれのお茶碗を見て見ると、いつもより幾らか多い子が目につきます。普段あまりご飯を食べない子も、やはり2割り増しくらいにはなっています。もちろん、最後に足りなくならないように、この日はご飯を炊く量もバッチリ増やしてありました。どの子も苦戦しながらも握り方を教わり、自分でおにぎりを完成させました。もちろん満面の笑みを浮かべながら、その日のご飯は完食でした。
 昨今、外食や加工品の利用がとても増えていると言われています。それは、生活や時間の使い方の変化で、だいぶ昔とは変わって来ています。それに伴い、子ども達の食に触れ合う機会もだんだんと減ってきています。だからこそ、園でも、食を身近なものとして考えてもらえるような体験を多く取り入れています。
 どうかご家庭でも、簡単なお手伝いや、一緒に調理を楽しむなど、工夫してみてはいかがでしょうか。もしかしたら、好き嫌いも自然となくなっていくかもしれませんよ。

おにぎりパーティー

(おたよりの続き)
 「日本人のひるめし」という本の著者である酒井さんは、「食生活における家庭と社会の役割分担」という章で面白い分析をしています。「日頃の生活の中で、衣服と住居に関しては楽しい部分だけを家庭で味わい、汗を流さなければならない仕事はすべて社会の側に委ねるように生活文化が変わってきている。衣食住の中では食が最も保守的であり、民族が食習慣や食生活を変えるのには、世紀単位の年月が必要であるとさえ言われている。」
  ウィキペディアの「家庭料理」という項目に面白いことが書かれてありました。「家庭料理は、家庭内で料理して家族で食卓を囲む(→一家団欒)際に食べられているものであるため、食育やスローフードないし地産地消といった、食事と家庭教育や躾といった「家族の持つ育児的機能」という面で重要な要素だという認識も見られる。」
 家庭料理は、家族のもつ育児的機能を担っているという見解は、面白いですね。しかし、その中のいくつかが最近欠けてきています。まず、「家庭内で料理」という点はどうでしょうか?そして、「家族で食卓を囲む」という事はどうでしょうか?さらに、食生活における一連のプロセスのどこかが欠けてきている気がします。酒井さんは、こう指摘します。
 「食生活において、額に汗する仕事のウェイトが高かったところから、工業化が進んだ都市型の社会へと変化してくるにつれ、調理や盛り付け、そして料理を食べることなど、衣や住の生活と同様に楽しい部分の比重が高まっていている。穀物を精白したり製粉したり、あるいは牛や豚を解体したり、野菜を洗ったり肉や魚を切ったりする作業、つまりは額に汗する労働を伴う作業は社会の側へと依存する仕組みが完成していると言います。食生活でも、ここ100年余りの間に急速に、大変な仕事、楽しくない仕事、進行してきているのです。また、その範囲は年々広がっている気がします。みかんの皮をむくこと、お茶っ葉でお茶を入れることまでも面倒くさくなってきているようです。
 当たり前が当たり前でなくなってきた昨今、食に対する考え方も大分変わってきているようですね。ただ、子ども達にとって大切なことは、昔から変わっていないと思います。将来を形成するこの乳幼児期に、良い食生活が子ども達に身につくと良いなと思っています。それは保育園だけではできません。

 

  食から見る家族の形について12月15日ごろ載せます