園長日記

2014 年 6 月 30 日 月曜日

 最近、ベビー用品を取り扱うお店に行くと、様々な種類のおんぶ紐・抱っこ紐があります。流行りのエルゴのような対面式のものもあれば、海外でよく見る前向きの抱っこ紐のタイプのもの、そして、伝統的なおんぶ紐やスリングタイプのものなどです。もちろん2WAY3WAYと言った多様なタイプのものも多いですが、育児雑誌にもさまざまな物が取り上げられて、どんどん新しいものが出回ってくるので、どれを使ってよいのか分からなくなってしまいます。
 そのような中で保育園では、緊急時でもつけやすいという事と同時に二人以上の子どもを抱きかかえなくてはならないという理由から、伝統的なシンプルなおんぶ紐を使用しています。実はこのおんぶと言うスタイルは子どもにとっても良いと近頃見直されています。それは、大人と同じものを見るという「共視」の経験がいいのです。例えば、畑仕事をしている時、料理を作っている時にお母さんがたまに振り返って「これは人参だよ!」等赤ちゃんと同じものを見ながら、話しかけていると、共に見て、共に感じるという共感が出来て、安心感へとつながっていくのです。だから、赤ちゃんは一人で遊んでいる時にも、保護者が自分をいつも見ていてくれているという安心感というよりも、自分と同じものを見ていてくれているかという安心感を求めている気がしています。
 自分が感動した時、驚いた時にお父さん、お母さんと一緒に分かち合いたいのですね。大人と一緒ですね。ワールドカップの感動も是非とも一緒に分かち合って見てください。

(おたよりの続き)
 日本における三大スキンシップというものも「おんぶと抱っこと添い寝」だったと思っています。しかし、この三つが、育児の西洋化によって少なくなっています。赤ちゃんはベビーカーに乗り、ベビーベッドで、一人で寝ることが多くなりました。それに対して人類はどういう子育てをしてきたのでしょうか。
 以前にも書きましたジャレド氏が伝統的社会を調査した結果、たとえばクン族の赤ん坊は、生後1年間の90%を、母親やその他の介護者とのスキンシップに費やしているそうです。クン族の母親は、どこに行くにも子どもを抱いています。母親が抱けない間は、誰か他の大人が子どもを抱っこします。ここで、面白いのですが、当然赤ちゃんは母親と長くいるであろうと思っていたのですが、実際は、クン族の子どもが母親以外の介護者と接する時間の方が、現代の西洋社会の乳幼児と、母親を含む大人とのスキンシップ時間よりも長いそうです。そして、生後1歳半ほどになると、頻繁に母親のもとを離れるようになりますが、それは、他の子どもと遊びたいがための行動であって、親離れのタイミングも、子どもが主導権を握り、自然に決まることが多いようです。
 では、伝統的社会と比べて近代的な社会では同でしょうか?続きは次回です。

 


近代的社会のスキンシップについて7月15日頃載せます。

2014 年 6 月 15 日 日曜日

 日本でも、保育形態として異年齢児保育というものがあります。これは、どうも複式学級に似たもののようです。複式学級では異年齢のかかわりを意図したものではなく、異年齢の子どもたちを一緒に授業をするというもので、保育でも、異年齢の子どもたちを一緒に保育するという形態のように見えます。異年齢で保育するメリットは、教え、教わるという体験をするとか、年長児の行動を見て真似たり、あこがれたり、お互いに刺激を受けるということがあります。それは、大人になるときの準備でもあるのです。
 ただ、それは、同年齢でのかかわりを否定しているわけではありません。しかし、それは、正確に言うと、同じくらいの発達の子と遊ぶことの意味と、発達が違う子と遊ぶ意味と、どちらにも意味があるのです。それは、遊ぶ内容によっても、また、何を学習するかによって違ってきます。そのそれぞれの役割を、保育園、幼稚園、学校という施設内と、地域、家庭という中と役割が分担していたのですが、現在は、地域、家庭内でも異年齢で過ごすことがなくなってきたために、施設内で、両方の体験を子どもにさせることが必要になってきているのです。
 昔は、師匠の背中を見て仕事を学び、伝承されてきました。しかし、昨今は20~30代の世代では「マニュアルがないと仕事が出来ない人が多い」と言われることがあります。それは、子どもの頃に、人から学ぶことをしてこなかった弊害かもしれません。いつも先生が前に立ち、先生の指示する通りに行い、指示に背くと怒られる。常に事前に見本を見せ、どの子も見本と同じものを作ることを良しと行ったマニュアル的指導。そのような経験をする機会が今の時代は増えているのかもしれません。隣の子の絵を見て同じような絵を描いたり、ブロックや積み木で一緒に制作したり、いつも上手に出来る子にあこがれを持ちながら、何をするにも自分で考え、自分の意思で真似をしながら遊びを覚えていく。そのような経験が出来る場所は、今は家庭ではなく、保育園や幼稚園のような場所だけになってきているのです。
 このような時代だからこそ、日々の異年齢児の関わりが必要になってくるのですね。これからも多くの交流をはかる機会を作っていきたいと思います。