園長日記

2013 年 5 月 31 日 金曜日

  0・1歳児の新入園児の子ども達が、園生活にも慣れ、楽しく遊ぶ姿が多く見られるようになってきました。そこで時たま私も保育室に入り、一緒に遊ぶ時があります。その時いつも感じるのは、子ども達の熱い視線です。珍しい人が入ってきたせいか、あちらこちらから視線を感じます。そして、その一つ一つの視線に微笑みかけると、こわばっていた表情が一瞬にして笑顔に変わります。どうも、子ども達の中では、この大柄な生き物は危険なヤツではないなと思ったみたいです。
 また違う場面では、「あー」と言いながら指さしをして「あそこを見ろ!」っと言わんばかりに、どれとも分からないものを指すことがあります。その時思うのは「あれはなんだ?」と質問なのか、それとも「こっちを見ろ!」というアピールなのか迷う時があります。
 赤ちゃんは言葉が上手にしゃべれない分、目から多くの情報を吸収し、成長していきます。誰が教えたわけでもないのに突然できるようになっているということは珍しくありません。赤ちゃんにとって大人や近くにいる人の行動はとっても興味のあることで、その行動を自然と真似るようになります。ということは、赤ちゃんの周りにいる人は、いつ見られているかもしれませんので、しっかりとした行動をしなくてはいけませんね(ー ー;)

(おたよりの続き)
人が突然立ち止まって空を見上げたとしたら、「何んだろうかな?」と自分も視線の先を見てしまうことはよくあることです。それは「この人は何をしているのだろう」という好奇心ではなく、「視線の先には何があるのだろう」という好奇心です。このような行動を、「視線追従」というそうですが、この行動は意図せずに起こる反射的な行動であるという研究があります。この研究の実験は「視線手掛かり刺激課題」というようで、この行動は生後数時間から数日の新生児でも見られることが明らかにされているそうです。ただし、赤ちゃんの場合は、自分の視線を動かしてそちらの方向に注意を向けるという行動ではなく、今、見ている視野の中で、瞬時にそちらの方に注意を向けるという行動の場合です。ですから、生後数日の赤ちゃんが「動くものを目で追う」というようなものではないようです。そして、視線だけ相手が見ている方向に動かすのは、生後3か月の乳児から、頭を動かして視線を向けるのは生後6カ月ころから現れることが示されているそうです。さらに、生後12カ月を越えると、相手の視線が向いている対象を探すようになるそうです。
どうしてこれらの能力が備わっているかはまだわからないようですが、こんなに小さいうちからこれらの能力が備わっているということは、人が成長するためには、やはり人と人との関わりが必要ということなのかもしれませんね。
 
視線から学ぶことについて6月15日ごろ載せます。

2013 年 5 月 11 日 土曜日

 では、どうすれば、愛着形成が築けるのでしょうか?母親に、「目の前で寝ている赤ちゃんと愛着形成をしなさい!」と言われたとき、その赤ちゃんを抱っこすればいいのでしょうか?赤ちゃんに笑いかければいいのでしょうか?また、その赤ちゃんを母親でない人が抱っこすれば、母親との愛着は不安定になるのでしょうか?「愛着障害」の本の中で著者の岡田尊司氏は、「よい安心基地となるために何が大事であるか」という条件を5つ上げています。
 一つ目は、「安心感を保証する」ということで、これが最も重要であるとしています。二つ目は、「感受性」であるとしています。それは、共感性ともいえることです。三つ目は、「応答性」であるとしています。相手が求めているときに、応じてあげることです。逆に言えば、相手が求めていないときには、余計なことをするのは応答性から外れていることになると言います。ここで、感受性も、応答性も受け身であるということが大切であるとしています。ということで、主役は本人であり支える側でないのに、自分が主人公になりたがる人は安心基地にはならないと警告しています。四つ目は、「安定感」であるとしています。その日の気分や都合で応じてはいけないのです。そして最後は、「何でも話せること」であるとします。そして、これは、前の四つがすべてクリアされることによって達成されるとしています。
 「愛着」と言っても簡単ではないですね。子育ては実は親育てや自分育てなどとも言われることがありますが、赤ちゃんと言えども、一人の人間です。それぞれに人権があり人間同士の理解が必要です。相手の気持ちに寄り添いながら人間と人間との関係を作るということなのですね。ん~ん本当に難しいことですが、上記で述べられた5つの条件を再認識して、少しでも安心な基地となるように努めていきたいです(^^)V