園長日記

2010 年 8 月 27 日 金曜日
ぞう組がお泊り保育に行った時に捕まえたカブト虫が3匹います。夏を代表するカブト虫は園でも大人気です。しかし、可愛さ故に、虫かごをゆすったり、叩いたり、ふたを開けて手に取ろうとする子もたくさんいます。そのせいかどうかは定かではありませんが、園で育てるカブト虫はあまり長生きしません。あまりに多くのカブト虫が死んでしまうので、昨年、お盆の頃に「命」の話をしました。長く生きる「命」も短い「命」もありますが、その使命や意味を知ってもらいたいと思い、一生懸命話しました。難しいと感じていましたが、大事な話をしているということは伝わったようでした。それ以来、小さな「命」も大切にしてくれる姿を良く見かけるようになりました。親も友達も虫も植物もみな等しく「命」があり、その一つ一つの「命」に「ありがとう」という気持ちを持ってもらいたいと思います。 もう少し続きをHPで・・・! (おたよりの続き)  最近、「エコ」の言葉を良く耳にしますが、「エコ」って何でしょうか?「エコ」は、エコロジーの省略形ですが、和製英語です。このエコロジーというのは、生態学と言い、生物と環境の関係を研究する学問のことを言います。同じようにエコノミーを略して「エコ」ということもあります。これは、経済という意味で、エコロジーとは全く関係ない言葉と思いますが、実は関係があります。それは、エコロジーもエコノミーも、その語源はともに古代ギリシアの市民の家政機関である「オイコス」に由来しています。OIKOS(オイコス)とは、ギリシア語で「家・棲家」という意味です。エコロジーとは、「自然界の生物の生存のための活動は、オイコスを成立せしめる論理を究明する学問」ということです。それが、環境破壊や公害問題が表面化するにつれ、それを解決する学問分野であるとして生態学が注目を受けるようになりました。そこから、生態学的判断によって、それらの問題に対して必要と考えられる対抗策や、それまでの方法論への変更、見直し等を行なう運動が起こり、それらをまとめて表す言葉としてエコロジー運動(エコロジズム、エコロジスト)といった言葉が使われるようになりました。そこから、次第にそれらの方向における運動や活動にエコロジーという言葉が使われ、環境を守る言葉としてエコという言葉が生まれたのです。生き物の生態系こそが「エコ」の原点なのです。 生き物について9月11日ごろ続きを載せます。
2010 年 8 月 14 日 土曜日
 小学校学習指導要領22年試案で、図画工作を学ぶ意味の2つ目にあげているのは「技術力の基成」です。人は手で道具を作り、その道具を使って更に進んだ道具や、生活上いろいろ必要な物を作って、生活を豊富にし、進んだ文化を建設して行くのです。このことは,人類が他の動物といちじるしく異なる点であるが,同じ人類の中でも、この種の造形活動がいかに営まれるかは、その文化の程度を示すものであるとしています。手で道具を作り、物を作る活動、すなわち、人間の技術活動が伴わなければ、すべての文化は直接には生活の役に立たないのです。ですから、技術の養成、またはすべての技術の基礎となる目と手の感覚を鋭敏にすることが教育の一つの項目として取り上げられなければならないとしています。私は、人間が道具を使うという他の動物と違う特性を持つために、子どもは、さまざまな道具、その形、仕組み、その違いを、五感をフルに使って知ろうとすると思っています。また、赤ちゃんが、ものに触ったり、引っ張ったり、転がしたりとその機能を確認しようとしているかのように見えます。ですから、ものをただ見て鑑賞するような行動はせず、じっとものを見ていても、それは触る時期を図っているかのようです。このような行動は、人間特有のように見えます。犬や猫などが道具に興味を持って、それにじゃれるのは、将来の狩りの練習をしようとしているようで、人間の赤ちゃんが取る行動と少し違うようです。これは、何も学童期から図画工作が一つの教科として取り上げられた意味だけでなく、乳幼児期から環境として用意しなければならない課題なのです。  次が「芸術心の啓培」です。美を愛し、美を創造し、美を味わい楽しむのも、人間の持つ一つの特性です。人類はこの特性を持っているから、諸種の芸術品を作り、それによって生活にうるおいを与えていると書かれてあります。芸術は単なるぜいたくではなく、やむにやまれない人の本性から出発しているものであるという視点はおもしろいですね。  人は大昔から、絵や造形を通して、さまざまに表現をして、人と人とが関わってきました。その人との関わりが心を培ってきたのです。豊かな心を持って生きていくことこそ今我々に必要なことなのではないでしょうか。 p9300057