園の保育方針

仏教精神に基づく保育
仏教で一番大切な「平等」と「平和」を大事にし、どの子とも仲良くし、一人ひとり認めることを大切にします。
子供たちの写真
子どもの個人を認める
はじめに「平等」と言う考え方は仏教では少し異なります。例えば、食べ物を均等に分け与える事をさす一般的な「平等」と言う考えに対し、仏教の「平等」は、大きな大人と小さな子どもに対し均等に分け与えるのではなく、それおれにあった量を与えるという考え方をします。それは一人ひとりにあった対応をするということです。このことを保育の現場に置き換えると、保育者が考える子ども像をむやみに押し付けるのではなく、子どものペースや量が尊重され、個々の発達に合った保育が営まれるということになります。つまり、それぞれの子どもの主体性が尊重されるということです。それには、子どもの現状を的確に把握して子どもの発達に合わせた支援をしなければなりません。安全確保のために子どもの能力を低く想定したり、年齢の枠にはめて、「こうあるべき」など押し付けたりしないようにします。子どもの今の発達に合わせた援助を展開するために、子どもを「クラスの中の一人」としてとらえるのではなく、子ども一人ひとりを「木月の子ども」として観察していかなければなりません。そのような営みが子どもの基本的人権を尊重することにつながります。子どもを尊厳ある一個人として認めて、大人の充足物として扱いません。「みんなちがってみんないい」。
保育者の優しく丁寧な関わり
次に、「平和」つまりどの子とも仲良くするということは、人と関わる力がなくては出来ません。そのために日々の生活や遊びの中で、人とのかかわりを身につけ、「生きる力」を育てていきます。具体的にはまず乳児期は親しい養育者と対面でほほえみ交わし、視線の中に現れるものや語りかけに反応して心理的な成長を活性化させます。やがて自分の視界に入ったものに興味を持ち、その興味を養育者に支持されて(指示ではない)言葉の基礎が形成されます。誕生日を迎える頃には養育者の視線に同調して、ものや事象の意味に気付き、更に養育者の視線や気持ちを誘導することが出来るようになります。こうした経験を通して養育者との共感をおぼえ、コミュニケーションの基礎を築きます。養育者との豊かな交流を体験した子どもは、やがて同年齢や少し年上の子どもたちとのコミュニケーションを重ねて、人との関わる力を高めていきます。年長になる頃までには相手の気持ちを読み取り、過去の出来事をベースに、少し先のことまで考えられるようになります。同時に幼い子や弱い仲間へのいたわりの気持ち、協調性が育まれます。保育者は子どもの成長や気持ちの変化に寄り添い、よき理解者になることを心がけ、善悪の判断を子どもに押し付ける裁判官にならないように努めます。

児童の健康増進を第一とする保育
昔から「健全な精神は健康な体に宿る」とされています。<br />そして、健全な精神は心身の発達に他なりません。<br />子どもの心身の発達は養育者との愛着関係から始まります。<br />そして、保育者との関わりを起として、自らの存在を認めます” /></div>
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心身の発達は自己肯定感から
保育者はたえず子どもの存在を肯定し、言葉と態度(表情)でその事を子ども自身に伝え続け、自分の存在が周りを喜ばしていること、役に立っていることを子ども自身が感じられるように努めます。そのためにはまず子どもの存在を認めて、誉めてあげることが大切です。友達を傷つけたり、ルールを守れなかったりしたときは当然しかってもらう権利があります。叱るときは厳しく短時間に、そして許されない行為を認識してもうためにも、「誉めること」を心がけなくてはなりません。誉めることはミスを見つけることより数倍難しいことを心にとめながら保育に取り組みます。隣の子が誉められていることを見ながら、子どもが善悪の判断を身に付けられるように導きます。「自由はお隣の自由も守られてはじめて自由」、幼いながらに生活の中に決まりがあることを知りつつ、自分達で出来ることに進んで取り組めるような、快適で安心の生活空間をつくります。このような生活を日々送ることにより、健全な精神と健康な体をつくっていきます。

自主性を育てる保育
一人ひとりの成長段階に合わせ、自ら進んで何事にも取り組めるように、<br />日々の生活習慣の中から学んでいきます。<br />また、自らが進んで遊べるようにコーナー保育なども取り入れています” /></div>
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「させる」から「する」へ
幼い子どもが人として生きていく力を獲得して生きていくために、保育や生活の中で自分のことを大人から「~させる」のではなく、進んで「~する」ことが出来るように、人的・物的・空間的環境を構築します。生活の営みの中で自分の考えを持って、自ら進んで取り組むことほど大切なことはありません。

「子どもにミルクを飲ませる」→「子どもがミルクを飲む」

「トイレに行かせる」→「トイレに行く」

「午睡させる」→「お昼寝をする」

「おもちゃで遊ばせる」→「おもちゃで遊ぶ」

子ども達は毎日の園生活を充実して送ることにより、体と知恵が育ち、友達と関わる力が強化される保育環境を構築し、保育を展開します。保育者の考えやこだわりより子どもの今の状態を把握し、子どもの発達に寄り添い環境設定を行うことが求められています。また、保育室に置かれた教具や備品は、子どもが自由にいつでも使うことが出来るようにしておかなければなりません。発達や難易度により子どもだけで使用すると危険なもので保育者同伴のみ使用できるものは、例外的に使う時だけ出してあげるようにします。しかし、それ以外で、出しているのに、「使ってはいけない」と取り決めることは許されません。また、保育園での子どもに守ってもらうべきルールは、厳格に守らなくてはなりません。原則的に子どもに適用されるルールは大人にはより厳格に適用され、きちんと守らない限り子どもにはルールは定着しません。子どもがルールを理解し始めるころ、ルールを厳格に守らなければいけないのはもっぱら保育士であることを十分理解しなくてはなりません。もちろん子どもにルールが定着するうえで、怒ることより誉めることが有効であることは当然です。子どもが自主的に生活できるように設定ができない場合、直接的な原因ばかりに気をとられず、なぜそのようにならないか広い視野の中で考えていきます。「見守る保育」とは子ども達の成長を手放しで見守るのではなく、様々な環境設定の裏づけの中で、子どもたちの自主性や子ども同士の関わりが引き出されることであり、「(自主的な活動)を見守ることが出来る仕掛けをする保育」であると考えます。
保育者は相互連携をして観察者の役割を遂行します。職員全体のチームワークはもとより、保護者や地域など、子どもをとりまく環境(人的)との連携で子ども達を見守り、異年齢保育を通じて共に育つ心を育成します。「人と関わる力」「主体性」「自主性」を追求するのに、今まで実施してきた年齢別保育、担任制保育を見直します。保育者はそれぞれの役割(担任)を固定的に遂行するだけでなく、状況に応じて自らはたすべき役割を能動的に見つけて実行することを心掛けます。また、保育現場では保育者同士のお喋りは慎まなくてはならない。保育室で談笑することは、子どもにとって大きなノイズとなり、子ども同士の関わりの邪魔になることを十分承知して、静かに行動し話すことが望ましい。異年齢のクラスを編成するという事がポイントではなく、「木月の子ども達」一人一人を「木月の職員」みんなで育む事を意識して、保育室の壁や職員間の心の壁を作らないように努めます。木月保育園は子ども達にとって生活の場所であり、毎日の営みの積み重ねが自立や成長につながると考えます。保育者の考えや「年齢によるものさし」より、子どもそれぞれの状況把握に努めること、発達に沿った計画策定・環境設定を行い、異年齢で生活するメリットを活かしていきます。職員間の連携や備えに対する考え方が、子ども達の「子ども同士の関わり」につながり、「やってあげる保育から見守る保育」への転換の第一歩になります。