園長日記

2018 年 2 月 28 日 水曜日

 木月保育園の年長組であるぞう組はもうすぐ卒園式を迎えます。毎年この時期に思うことは、とてもたくましく、とても粘り強く、そして、何事にもとても興味を持って取り組むことが出来るようになったなということです。
 子ども達にとって、意欲をもって何事にも挑戦する力は、自然と身につくものではありません。この力こそ今、教育の現場で騒がれ始めた「非認知能力」という力です。非認知なので認知ではないということです。つまり、教科学習を通して知識を得ることではないということです。多くの遊びの中から人との関わりを通して、自ら生きていく力を育んでいくということです。
 小さいころから、自ら選ぶ(選択)ことをしたり、人から学び、人に教える、時には人を助けるなど、環境の中に意図的にそのような取り組みが出来る仕掛けを設けるからこそ、子ども達の力として身についていくのです。
 保育園での6年間で身につけた力は、小学校で役立てるためにつけているのではありません。将来、必ず必要となってくる力だからこそ、赤ちゃんのうちから身につける必要があるのです。
 この先5年、10年で日本の教育は大きく変わります。(期待を込めて)しかし、保育園の時に身につけたこの力は、きっと子ども達の自信として力を発揮すると思います。どんな目標を見つけ羽ばたいていくかが今から楽しみです。
追伸
 今まで、毎月掲載させていただきました、この園長日記ですが、新園開園に伴い、一旦お休みをさせていただきます。またどこかで、皆様に保育についてのお話ができる日が来るのを楽しみにしています。
 10年間ご愛読ありがとうございました。

(おたよりの続き)
 以前、このブログでも掲載したマシュマロ実験を行ったミシェルは、私たちの脳の構造は、以前に思われていたよりも順応性があり、私たちは積極的に関与し、自らの人生をどう生きるかによって自分の運命を形作られるということ、そして、成功にとってのカギは、努力を続けられるための動機付け、それは粘り強さだと言います。
 子どもたちは、永遠とも思えたに違いないほどの間、頭と想像力を使い、注意をよそに向け、ベルを鳴らさずに、大人が戻ってくるのを待ち続けたのは、マシュマロとかクッキーなど自分が選んだものが二つもらえるという熱烈な目標があったからです。その思いがとても強かったので、超人的な努力も仕甲斐のあるものとなり、継続できたのです。ミシェルは、いとしい子どもたちに願うことのリストを挙げていますが、その中には、自ら望む人生を築くように本人を動機づける、独自の熱烈な目標を発見したり、生み出したり、たまたまそれに出くわしたりしますようにという希望を必ず含めるべきであろうといっています。
 このような熱烈な目標を持つことによって、人生を粘り強く生きていく力となるのです。ミシェルは、こんな例を紹介しています。ブルース・スプリングスティーンは、新しいギターを手にした自分の姿を初めて鏡で見たときに、自分の目標を見つけたと言います。ジョージ・ラミレスは、KIPPで学んだ最初の日に、自分の目標を見つけたと言っているそうです。マーク・オーウェンは、ジュニアハイスクール時代に、SEALの隊員が書いた「緑の顔の男たち」のページをたまたま開いたときに目標を見つけ、自分も隊員になるしかないと、その瞬間に気づいたそうです。デイヴィッド・レヴィンは、教職に就いたときにようやく自分がこの世に生まれた理由を悟ったと言っているそうです。
 私たちは、みな自分の物語を持っており、時の流れとともにその物語が展開するなか、それを編集し続けることができるとミシェルは言います。過去を振り返り、たとえ、自分で気づいてさえいなかったものであっても、どんな目標を持っていたに違いないかを理解したり、先を見据えて、自分がどこへ向かっているかを解き明かしたりしながら物語を進めて行っているというのです。
 ミシェルがまだほんの子どもだった頃、いちばん好きでなかったおじが傘の製造業で成功し、いずれ手伝ってくれと熱心に誘ってきたことがあったそうです。おじは、大きくなったら何になりたい?としつこく訊いたそうです。絶対におじさんみたいになりたいという答えを期待していたのだろうとミシェルは考えましたが、彼にしてみれば、おかげで自分がこれだけはなりたくないものがわかり、それなら何になりたいのかと考え始めたと言います。
 彼には、昔からの同業者で生涯の友でもある心理学者がいるそうです。その友は、心理学者の歴史でも屈指の、成功に満ちた輝かしい経歴を持つ人で、自分が熱烈な目標を抱くようになったのは父親のおかげだと言っていました。1930年代の大恐慌のさなか、その父親は、高等教育を受けて身を立てるという念願を捨て、家族が生き延びて成功するために、身を粉にして働く道を選んだそうです。その友人は、父親に敬意を表し、彼を称えるため、彼が喜んで断念した人生を、自分が切り開いて生きるように駆り立てられたからこそ成功できたと言っているそうです。父親の分まで生きることが、彼の人生における使命になったのだと言います。
 木月保育園の子ども達が、日々の生活の中から、人には負けないぐらいの、このような熱烈な目標を持って人生を送ってもらえたら良いなと思っています。

HPに3月15日ごろ自分の目標について載せます

2018 年 2 月 10 日 土曜日

 人の発達は右肩上がりにあるのではなく、らせん状に上がっていくものであると言う人がいます。私の考える発達観は少し違うのですが、人の考え、理解は、らせん状により深く理解していくものだと思っています。それは、同じことを繰り返しながら、しかし、そこにまた新しい知見が加わり、よりその理解が深まっていくものだと思っています。ということで、子ども理解や、赤ちゃんの理解は、同じことをこのブログの中で繰り返しながら、少し違う観点、また違う研究者によっての知見を理解することで、より深まっていきます。そして、私からそれを読み進めることで、理論、考え方がどうも実際の園での子どもの姿、子どもの発達、子どもの行為と違和感を感じていたものだ、新しい知見によって、少しずつ納得のいくものに変わっていくことを実感しています。
 特に、園では、子ども集団があり、子どもたちはその集団の中の一員として存在しています。その姿は、母子における姿とは違っていることがあります。それは、発達における発現の時期は、ずいぶんと違っている気がします。それは、人はまねをすることで学習するという特性によるもので、まねる相手がいるかどうかで違ってきます。また、人は他人を意識し、負けまいとする気持ちが赤ちゃんの頃からあります。ですから、近くに他の子がいる場合と、一人で遊んでいるときとは、その行為が違うだけでなく、発達にたいしての刺激が違う気がします。
 それ以上に大きく違うのは、人との関わりにおいてです。幼児期における学びの基礎力の育成において重要であるものとして、幼児が人やものに興味をもち、かかわる中で様々なことに気付くとともに、それらを深め、広げていく過程の中で、自己発揮と自己抑制を調整する力を育むことであり、それらを通じて、個人として、また社会の構成員としての自立への基礎を養うこととあります。ということで、環境として大切なものが、興味を持ち、関わることのできるもの、人が必要なのです。その関わる人が、母親である場合と、子ども集団の中の一員として保育者と関わる場合とは違ってきます。
 それが、長い間、母子の関わりを、保育者との関わりに当てはめ、そのモデルに近づこうとしてきました。そうであれば、当然母子の関係のように、子どもと保育者との関係を1対1に近づこうとします。そして、できるだけ子どもの視界の中に他の子どもが入らないようなかかわりをしようとします。特に、子ども同士がまだ関わらないように見える乳児において、それにこだわろうとします。それにもまして、「乳児は未熟な存在である」とか「さまざまな刺激を大人から与えなければならない」ということで乳児と関わろうとしてきました。前回までのブログで紹介したように、最近の赤ちゃん観は、ずいぶんと変わってきています。それに対して、研究はずいぶんと遅れているようですが、子ども集団における発達や関わり、特に乳児、未満児における集団の中での発達や関わりには、母子には見られない特性があるような気がしています。
 そういう意味では、もう一度私たちは、子どもの社会的発達を見ていく必要がある気がしています。