園長日記

2017 年 11 月 30 日 木曜日

 先日、自分の娘に勉強を教えていた時に、気になる項目を見つけました。それは私が小学生の時に習った日本史の内容が、その当時と変わっていたことです。それはあちらこちらに見受けられ、必死に覚えた年号や名称等が変わっているのに驚かされました。
 このようなことは、保育の歴史においても同じように変わってきているようです。「日進月歩」という言葉もありますが、保育の現場においては、脳科学や発達心理学、赤ちゃん学といった色々な研究が進む中で、新たなものが研究発見され、変わってきているのです。
 おんぶ紐一つ取っても、前向きのものやうしろ向きのもの、昔ながらのおんぶタイプと色々出ていますが、今後も研究により新たなものが出てくるのでしょう。
 そのような中で、我々は何を大切にしていけば良いのでしょうか。新たに変えるということはとても勇気のいることですし、変えたことにより失敗するというリスクも伴いますので、中々変えないという保育園は多いと思います。しかし、私は「温故知新」という言葉はとても重要な意味を含んでいると思っています。つまり、古くても大切なものは決して変えず、しかし、最新の研究により、間違っていると分かったものは変えていくべきだと思っています。
 そのような意味でも、今後も学んでいく姿勢を忘れずに、子どもたちの育ちを応援していきたいと思っています。
 
(おたよりの続き)
 赤ちゃんの研究は、日々新しい知見を提供してくれます。同時に、過去からの通念を覆すような見解も発表されています。ここ何年かで、今までの赤ちゃん観がずいぶんと変わってきています。その主なものが、「赤ちゃん学を学ぶ人のために」(小西行郎、遠藤利彦編)に整理し列挙されています。
 まず、「赤ちゃんは自発的に動く」ということです。20世紀に行なわれた研究では、「赤ちゃんは、外から受けた刺激や学習によって成熟する」という考えが長らく主流でした。それは、「刺激→反応」という構図をベースに成り立っていると解釈されてきたのです。当然、赤ちゃんに刺激を与えると、赤ちゃんは反応を示し、学習します。ですから、「赤ちゃんは白紙のキャンバスだ。刺激を与えればどんどん吸収する」と誰もが考えたのだと言います。
 ちなみに、「原始歩行」ということは多くの人の知るところとなりました。その後、新生児から真似をするという「新生児模倣」。最近では、「生理的微笑」という、新生児期に赤ちゃんが自発的に笑っているということが知られてきました。それが、さらに超音波によって、胎児が笑っているような表情が見られることが明らかになっているそうです。それは、生まれてきたときに親に愛情を喚起するための方法を、準備している証拠ではないかと言われています。
 それ以外にも、新生児は甘い、苦い、酸っぱい味を区別することができ、味に合わせて大人と同じような表情をするとも言われています。こうしたさまざまな表情の多くは、胎児期にすでに準備されているということなのかもしれないと小西氏は言います。さらに、胎児の眼球や口唇の動きを観察することで、胎児の睡眠についての研究も可能となったそうです。レム睡眠とノンレム睡眠が胎児期にすでにあることも確認されているそうです。視聴覚、味覚あるいは触覚が胎児期にすでに機能していることはもはや常識となっており、胎児顔との弁別や母親の声を学習していることなどもわかりつつあるそうです。
 現在では、赤ちゃんは、「白紙状態で生まれる」わけでは無いことがわかってきたと言えるのです。
 しかし、ずいぶん前までは、生まれたての赤ちゃんは、原始歩行や新生児模倣のような「原始反射」と呼ばれるような刺激に対して反射をします。この反射とは、人間や動物が刺激に対して神経系のみを介して行なう、意志が介在しない反応のことです。すなわち、行動に「心情、意欲、態度」を根拠にしていないのです。ピアジェは、このような赤ちゃんにおける原始反射を用いて、周囲とのやり取りを繰り返すことによって、次第に自分の意志で動かす運動である随意運動が発言すると主張しました。
 その考え方に対して、原始反射そのものに対する新しい見解をプレヒテルが打ち出したのです。

プレヒテルの考えについて12月15日ごろ載せます。

2017 年 11 月 11 日 土曜日

 韓国にある、延世大学校医科大学小児精神科教授であり、新村セブランス病院小児精神科の医師でもある申宜真が、ずいぶんと昔になりますが、2004年に「かしこい親の子育て術“ゆっくり子育て”はこんなにすごい」(小学館)という本を日本で発刊しました。この本の内容は、教育熱、早期教育に走る韓国の親たちに警鐘をならしたものとして、韓国・中国で30 万部のベストセラーになりました。
 申宜真教授の著書は、小児精神科の専門医としての立場からではなく、二人の子どもを育てている親として執筆されました。そこには子どもを育てる際に、物質的な保障や子どもへの無条件の愛に固執する韓国社会にある独特の雰囲気を想定しつつ、「子どもをどれだけ愛しているかではなく、どのように愛しているか」が重要であると説いています。
 韓国人の特性の一つに「せっかち」とか「性急」があると言われていますが、この特性は、育児にも表れます。そこで、申宜真教授は「ゆっくり育てる」という提案をします。それは、子どもを放任するということではなく、過度に発達の先取りをするという雰囲気に惑わされることなく、子どもの成長段階、発達段階に会わせた育て方をしようと呼びかけたものです。そのために、子どもの発達段階に即した思考力が育っているがどうかが最重要であるとして、「one step behind」と「one step ahead」の子育て戦略を提唱しているのです。「one step behind」とは、「一呼吸おいてから対応する方法」で、「子どものなすがままを見守り、何かに好奇心を示したときに親がそっと後押しすればよい」という考えです。
 一方、「one step ahead」とは、子どもの気持ちを先回りして理解、共感することです。この「one step behind」という考え方は、昔からある日本の言葉の「見守る」に通じるものがあります。その考え方は、日本の近代以前の時期の子育ての特徴であり、柳田國男のいう「児やらい(コヤライ)」の思想と同じであると言われています。それは、「突き放すのではなく、一歩後ろから見守りながら、子どもの自然な性向に従って発達を促す、子ども主導とおとな援助の姿勢を示す教育方法である」と説明されているようです。
 どんなに時代が変わっても、変えてはいけないものがあるのですね。一歩下がり、我が子の姿をしっかりと見守っていきたいですね。