園長日記

2015 年 10 月 30 日 金曜日

 気が付けば、運動会の興奮からもう3週間も経とうとしています。園庭では、鉄棒や縄跳びをして遊ぶ子どももいまだに見かけます。きっと運動会をきっかけに、飛んだり回ったり、出来なかったことが出来るようになる楽しさに気が付いたようですね。
数年前より、年度初めの4月から保育の中に運動会を意識した内容の遊びをどのクラスも取り入れ、少しずつ経験できるようにしてきました。しかし、それは運動が好きな子はどんどん盛り上がるのですが、そうでない子はそれだけでは興味を示しません。そこで、夏が明けた9月頃から、自由遊びの中にも取り入れ、興味のない子も誘い入れていきます。1人また1人と自分からやりたいと思ってやってくる子が増えてくるように、時には、大人が見本を見せ一緒に経験していく中で丁寧に教え、時には、子ども達が自ら練習する姿を見守り、積極的に関わる事とそうではない関わりをしながら、子どもの意欲を引き出していくのです。
 よくテレビなどでも「やる気スイッチ」という言葉も耳にしますが、子どもの意欲が湧いてくるような関わりは、必ずしも大人が介入することだけではなく、ライバル関係にある友達との関わりも意欲を高めます。どこまで関わり、どこまで見守るかの微妙なころあいをしっかりと見ていきながら、何にでも意欲的に行動できる子ども達になってもらいたいですね(^_^)V

(おたよりの続き)
子ども達が活動に対して意欲的に取り組むことが出来るか、という疑問に対して、先月も載せました全米乳幼児教育協会の指針や全米科学教育スタンダードに準拠している本である「Science Experiences for the Childhood Years」の中にこう書かれてあります。「子どもたちが体験する(ハンズ・オン)ということは、できる限り教師は手を貸さない(ハンズ・オフ)ということも意味します。」このハンズ・オンは、体験型の学習方法のひとつです。実際に手で触れるなどの体験を通じて、より理解を深めることを目的とする考え方です。
ただし、このハンズ・オンとオフは境界線をどこに引くかということが難しいとあります。いつどこでどのようなことについてハンズ・オンのスイッチが入るのか、ハンズ・オンとオフの切り替えメカニズムがどうなっているのかは外から簡単にわかる話ではありません。それは、保育において、子ども達を見守る時に、どこまで見ていて、どこから守るかという線引きに似たものがあります。それは、子どもをじっくり観察しないとつかめません。
更にこの著書にはこの線引きについて、このように書かれています。
「臨機応変に手助けすると、やる気をなくした子どもでも、物事を成し遂げられます。しかし、時間を節約するためにおせっかいな手助けをしてはいけません。」その線引きのために、子どもたちが理解したことをどう表現するのか、どう説明するのかに注意深く耳を傾けることを勧めています。
 とかく大人の介入は大人都合の場合が多いような気がします。その介入がもとで、子どもの意欲を潰してしまうこともあります。なので、出来る限り大人は子どもの考えをしっかりと理解した上で、今はハンズ・オンかハンズ・オフか見極めて介入したいですね。

グループにおけるオンとオフについて11月15日ごろ載せます。

2015 年 10 月 15 日 木曜日

 話し合いは、とても大切なことです。少し前から、ディベート(debate)行うことは、論理的な思考力やコミュニケーション能力を身につけていくための有効な手段と言われ、教育にも取り入れられています。ディベートとは、ある公的な主題について異なる立場に分かれ議論することをいいます。それは、ゲームとして行われることが多く、ディベートの試合は、設定されたテーマの是非について、話し手(ディベーターと呼ぶ)が肯定側・否定側に分かれ、決められた持ち時間・順番にのっとり、第三者(ジャッジ、観客)を説得する形で議論を行います。そして、ディベートには必ず勝敗があります。議論された内容を基に第三者が勝ち負けを評価します。勝ち負けの基準は、肯定側・否定側のどちらが、第三者(ジャッジ、観客)をより「説得」できたかで決めます。
 この力が社会に出てから必要であるということで、最近の若者や子どもたちの中には、ディベート力がついてきているようです。しかし、「話し合い」の質を高めるためには、どうもこの方法は意味がないように思います。特に幼児期においてはその方法はするべきではないと思っています。それは、基本的に、協力の姿勢がなく、勝敗があるからです。ですから、質の高い「話し合い」とは、異なっているような気がします。ということで、ディベートは、厳密にはディスカッション(discussion)や単なる議論とは異なるものであると位置づけられることが多いようです。
 話し合いの意味を面白いたとえから子どもたちに説明するやり方が紹介されています。「二人の子どもに、それぞれがクレヨンを1本ずつ持ってくるように言い、そのクレヨンを交換させます。交換する前にそれぞれが1本のクレヨンを持っていたこと、交換したのちの1本のクレヨンが手元にあることを確認させます。次に、その日の天気など1つのトピックについて考えを交換させます。考えを交換したのち、今日の天気についての考えが自分の中で2つに増えていることを子どもたちに伝えます。“お互いの考えに耳を傾けて、それを交換し合うと、考えは増えていくのよ”と付け加えましょう。」物を交換しても数は増えませんが、意見は交換すればするほど増えていくのです。まさに、これこそが話し合いのダイナミックな役割です。
 相手を打ち負かして、自分の考えを押し付けたところで、考えは膨らみません。これは、なにも子どもの話し合いに言えることだけでなく、大人の職場での新人とベテランの話し合いにも言えると思います。どうしても、ディベートを重視した教育の成果として、議論すると、自分の考えを主張し、自分の考え方を押し付けようとし、自分の考え方を豊かにするために相手の話を聞くという姿勢が見られないことがあるのが気になります。
 このような話し合いには、積極的に意見を言う子だけでなく、無口の人の存在も重要です。そこで、教師は、子どもどうしの話し合いを促すために、無口な子どもも、無理なく対話に引き入れることが必要です。無口の子が頷いたり、会話に反応して笑顔になるのを見つけたら、「ちゃんと言葉で言いなさい!」と話すことを強制するのではなく、その気持ちをくみ取って、「あなたも賛成みたいね」と、その子も話し合いに参加していることを認めてあげる必要があります。
 人は皆自分の考えや意見を持っています。それが正しいか間違っているかは問題ではなく、多くの経験を通して自分自身の価値観を作り、その価値観をもとに、多くの人と触れ合い、意見を交換しながら人としての幅を広げていくのですね。よく「あの人は器の大きい人だ」 とか「懐が広い人だ」と言う事がありますが、これは多くの経験をして、多くの人と意見を交換してきた人のことなのかなと思います。きっと保育園の子ども達も多くの経験を通して器の大きな人になっていくのかな…と思っていますo(^▽^)o