園長日記

2015 年 4 月 30 日 木曜日

毎日がとても賑やかに過ぎ、あっという間に1か月が経ちましたね。0歳児も1歳児もようやく保育園での生活に慣れはじめ、自分達の世界を作り、楽しく過ごす姿も増えてきました。
1歳児は、見慣れないおもちゃを出しては捨て、出しては捨てを繰り返し、自分に合ったおもちゃを探しているようです。また、去年度から在園していた子ども達が上手におもちゃで遊んでいる姿を見ながら、同じように真似て遊び方を学んでいる子もいます。保育園での生活は、始めて挑戦することも多く、時には不安にもなりますが、毎日が刺激的で、周りの大人からは見ることは出来ませんが、きっと頭の中ではフル回転で多くの事を吸収していることでしょう。
このように、子ども達一人一人が多くの経験を通して、さまざまな事象、自然や人為的に作られたもの、芸術作品や日用品などと自分たちなりに関わり、その関わりを通して、自分たちの世界を創っていきます。更に、これらの経験や活動を通して自己形成していく場所が保育園です。これらすべてを「教育」と捉え、乳幼児期に習得すべき力を育んでいくのです。
「赤ちゃん何もわかっていない。」「子どもは何も出来ない。」などと思い違いをしている人はいませんか?子どもの成長は目には見えにくいですが、自分達の世界を作り出すために、日々学んでいます。どうか、目には見えない子ども達の成長を、保護者の皆様と共に見守っていきたいと思います。
(おたよりの続き)
ドイツでは、様々な試行錯誤した結果、14世紀にフンボルト(Humboldt.von 1767-1835)が教育学の概念へと洗練させた「Bildung」という語を掘り起こしたのです。そのもともとの意味は、神の像、Bildを模倣することを通して神によって形成されるとの意味で、宗教的な概念として理解されていたのです。それをフンボルトは、教育学で「人は自らの中にあるさまざまな力を発達させることで、人として形成されていく。」というような意味に洗練していきます。そして、そのような諸力の発達を刺激する契機としてフンボルトが強調するのは、「世界の習得」であるとしました。自分の外にある客観的な世界について知り、それを学ぶことをとおして人は、自分の中にあるさまざまな力を発達させることができる、ということを説いたのです。そこで、フンボルトは、諸力の「調和的」発達を強調します。諸力がそれぞれに発達するだけではなく、それらが均衡して調和的に発達することが重要なのであり、そのような発達をとおして、人はいわば、より高い段階の自己へと形成されるということで、このような自己形成のダイナミックな過程を、フンボルトは「Bildung」とし、日本語に訳す時に当時「陶冶」(とうや)と呼んだのです。
レーヴェンはフンボルトの陶冶概念を蘇らせるために、二つの点において解釈し直しました。一つは曖昧であった「世界習得」という概念を、現代の心理学の用語を用いて、「子どもがさまざまな経験や行為をとおして“世界の像”をつくること、そして同時に、この世界の一部としての自己自身の像を造ることである」としました。世界の像を造るというとき、その像は単純に世界の写像ではなく、子どもの構成したもの、構築したものを指すとしたのです。
すなわち、保育者は、子どもたちの活動を予測し、環境を用意します。そこにおいて子どもたちは、日々、準備されたさまざまな事象、自然や人為的に作られたもの、芸術作品や日用品などと自分たちなりにかかわり、そしてそのかかわりをとおして、自分たちの世界を創っていきます。「世界についての像」を創るのです。すなわち、子どもたちが日々、保育施設においてさまざまな経験や活動を通して自己形成していくプロセス、それを「世界の習得」のプロセスとして、レーヴェンは捉えたのです。
したがって、子どもたちが自己形成していくためには、保育者は環境を用意しなければなりません。さらに、用意するだけでなく、子どもたちが世界のどのような事象に注目し、そこからどのような像を構成していくのか、その活動を促すためには、保育者側の働きかけがなければならないと考えます。子どもの世界習得のプロセスが陶冶であるとすれば、それを成立させるのに必要な保育者側の働きかけを「教育」として捉えたのです。ここで実は、陶冶と教育を分けたのです。フンボルトの陶冶の概念では、その区別があいまいなままに混在していたのを、ドイツでは「教育と養護と陶冶」という他の国にはみられない、きちんとした定義をしました。
レーヴェンは、フンボルトの考えた陶冶という概念にもう一つ捉えなおしをします。それは、フンボルトのいう陶冶を、自己形成としての陶冶と、それを成立させ拡張し要求する教育、つまり陶冶と教育という、二つの別個の、だが相互に不可分にからみあう概念として、捉え直しました。この捉え直しは、現場で保育者が保育するうえで、大きな影響を及ぼすことになります。そして、これは、日本語で「陶冶」という「陶器」と「冶金」を語源とする言葉に訳されることとになったのではないかと思います。
日本ではちょっと聞き慣れない「陶冶」(とうや)という言葉ですが、昔の子ども達は、大自然という環境を上手に使い、手をかけすぎず、気をかけていた大人との絶妙な距離感のもと、日本でも実践されていたように思います。
もう一度、このような子どもの世界が、現代でも必要になってきているようですね。

 

レーベンの陶冶プログラムについて5月15日頃載せます。

2015 年 4 月 11 日 土曜日

この議論を検討するために、1970年から1975年にかけて、5歳児にはどの設定での教育がもっとも効率的なのかをめぐって連邦政府主導で実験が行われ、結果的には社会教育を支持する勢力に軍配があがったのです。つまり、従来通り5歳児の教育はキンダーガーデンで行われることになったのです。それは、小学校に入学してから将来にかけて伸びていくのは、早く小学校教育を行うことではなく、十分に5歳まで幼児教育を行う方が効果的であるという結果を導き出したのです。
この議論は、単に5歳児をどちらが見るかということだけでなく、幼児教育とはどうあるべきか、という幼児期にふさわしい教育という問題を議論することになったのです。そして、最終的な解決として提案され、専門家たちの合意を得たのが、「状況的アプローチ」だったのです。そのアプローチは、幼児期の子どもを学習の主体として捉えることを基本にするものだったのです。それは、幼児期では、子どもたちの生活を大切にし、その生活の中の体験から学習していくという考え方なのです。
ドイツではこれで、幼児教育のあり方が確立したかのように思えましたが、出生率は低下し、就学前教育の量的な拡大は優先的な政策課題ではなくなってきました。さらに経済危機により、予算的にもきつくなり始め、就学前教育を推進する基礎的条件は失い始め、就学前教育に対する政策的、社会的風土は変化していきました。そのような状況の中では、質の議論は、理論的にも実践的にも十分に展開されることのないまま、いつのまにか議論の中心ではなくなり始めたのです。
しかし、1990年代に入ると状況は再び変化します。このときに要請されたのが、「幼児期の陶冶」の大切さであり、その考え方が本格化していき、バイエルン州では、「陶冶(とうや)プログラム バイエルン」の誕生をみるのです。

 

来月にも続きます(^_^)V