園長日記

2015 年 3 月 31 日 火曜日

新たな年度になり、大勢の新入園児を迎えることが出来ました。この「園長日記」では、木月保育園で大切にしている保育について、専門的な内容を載せるようにしています。ちょっと難しい時もありますが、子ども達にとっては重要なことばかりですので、是非ともお読みいただきたいと思います。
さて先日、年長の子ども達は普段では見られないほどの緊張感の中、卒園式が執り行われ、どの子も元気に卒園していきました。その卒園児は長時間人の話を聞く力があり、それだけでもすごいことですが、そこで聞いた内容を実践することが出来る子ども達でした。あんなに小さくて、何にも出来なかった子が、いつの間にかこんなに立派になって堂々としている姿は、自信と希望が満ち溢れていました。
この事は、一見誰にでも出来ることを言っているように聞こえますが、今、なかなかこれらの力はつきにくい時代になっており、人との関わりの中でのみ付いていく力です。もちろん、大人の指示や命令によって、やらせることは簡単ですが、子どもが自ら行うことはとても難しい事です。入園式でも話しましたが、就学前での教育が、将来を決めると言っても言い過ぎではありません。小学校で行っている義務教育とは別に、就学前に学ぶべき、乳幼児にとって大切な教育があるのです。
どうか保護者の皆様もこれらの事を十分ご理解いただき、いつも探究心を持ち、何事にも意欲ややる気を持って取り組める力を育んでいきたいと持っております。今年一年もどうぞよろしくお願いします。
(おたよりの続き)
現在、日本でも5歳児の義務教育化が検討されています。しかし、保育所は規制緩和されているため、認証保育所など小規模保育所が特に都会では多くなっている中、5歳児だけ義務教育にするのは困難という意見もあります。また、小学校での教育の一部を、就学前教育の中に組み入れようという見当もされています。現在、小学校での教育内容が多くなり、子どもたちに1年生から負担をかけているということで、少し分散しようというのでしょうか。
このような検討は、ドイツでも行われました。ドイツでは、キンダーガーデンという3歳から6歳までの施設は、すべての子どもが通う「正規の施設」として認められるようになり、1965年から1980年の間に、幼稚園の就園率は32%から80%に上昇しました。それは、このキンダーガーデンが、学校教育システムの第一段階、「基礎領域」として認知されたということです。しかし、その際、専門家たちの間でとりわけ議論が集中したのは、5歳児問題でした。5歳児の教育は就学前施設で行われるべきなのか、学校においてか、あるいはそれとも移行クラスにおいてなのかという議論でした。
5歳児論争の背後に、日本では、子どもにとっての議論よりも、各省庁間、各施設間の綱引きの部分が影響しているような気がします。ドイツでも同じような綱引きの議論が起きるのですが、ドイツでは、学校教育的文化を支持する勢力と社会教育的文化とを支持する勢力の間の相互の綱引きがあったのです。つまり、5歳児の教育を学校教育の領域に取り込むのかそれとも、これまで通り社会教育領域において行うのかという論争です。それは、就学前教育を、義務教育、つまり学校教育の準備期として捉えず、社会教育の一つとして捉えていたからです。
日本ではこれらの話し合いがされる時、あまり話の中心に子どもは出てきません。しかし、ドイツは子どもの姿を中心に議論を重ね、結論を出しているようですね。子どもの将来に関わる重要なことには、政治的なこと、選挙で勝つための政策を除外しして、時間をかけてじっくり話しをしてほしいですね。

 

ドイツの義務教育の考え方について4月15日ごろHPに続きを載せます。

2015 年 3 月 15 日 日曜日

教える、教わるという関係は、とかく優越感とか劣等感に結び付けてしまいかねません。どうしても、競争社会の中で、親はわが子を他の子と比較してみるようになってしまいかねません。能力の高い人に対して、その人を尊敬できるか、その人に共感できるかということが大切であるのに、どうしても、嫉妬とか、羨望とか、敵意とか、その裏返しとしての劣等感を強く意識してしまうことが最近は多いようです。あるいは逆に、自分のほうが何か優れているときに、健全な誇りとか、自信とかいうことではなくて、優越感を感じてしまうことがあります。
劣等感と優越感というのは、表裏一体の感情で、人間は、だれもがいろいろな意味で程度の差はあれ、そういう感情は持っているのです。それが過度に強調されて子どもの中に育ってしまうということは、エリクソンが言う、この勤勉さを習得しなければならない時期に、友達から豊かにものを学び得たか、同時に友達に多くのことを分かち与えたかという経験がとても大事であるということをエリクソンは強調しているのです。
ただ、エリクソンはその時期を小学校低学年である児童時の課題と言っていますが、これは、保育園での子どもたちの様子を見ていると、程度の差があるとはいえ、また、その姿は違うと言えども、すでに乳児から行われていることのような気がしています。それは、乳児の頃から共感する力を持っているからです。同時に、違いを知るということも、自己を確立してくることも関係してくるからです。
もう一つ、私は、この教わる、教えるという関係は、異年齢で行われることが多いために、異年齢で過ごすことも大切になると思っています。そう考えると保育園で過ごす子ども達は、毎日の中でいろいろなクラスの子ども達との関わりや保育士以外の大人との関わりなど、様々な関わりがあります。この関わりが将来の「勤勉性」にもつながっていくのですね。
優越感や劣等感を持たずに相手のことを思いやれる子ども達になってもらいたいですね。