伝統行事

ひな人形

2014.03.02

   「明かりをつけましょボンボリに、お花をあげましょ桃の花♪」幼児組のお部屋からひな祭りの歌が聞こえて来ました。先日、玄関に雛人形を設置すると、子ども達は興味津々で、歌になぞって、「こっちはお内裏様、こっちはお雛様、これは三人官女、下のは五人囃子だね」と、一つ一つ指さしながら確認していました。話が弾んでくるとついつい手が伸びてしまって、その度に先生に「ほらほら!壊れちゃうから触っちゃダメよ」と声をかけられていました。
   しかし、よくよく見ていると、ひな飾りは人形も装飾品もどれをとっても、みな精巧に作られていて、大人の私も手に取って遊びたくなってしまうものばかりです。子どもが触りたくなるのも当たり前だと思います。その様子を見ながら、子ども達と一緒にこの雛人形を使っておままごとならぬ、「宮廷ごっこ」なんてできたら楽しいだろうなと思って見ていました。
   もともと飾るために出来たこの雛人形ですが、そもそもは平安時代ごろには遊びに使っていたようです。昔はどのように遊んでいたかはわかりませんが、遊びから始まっている文化や伝承にはそれぞれ意味があって行われていることが多いです。文化や伝承を受け継いでいる我々は、その意味もしっかりと受け継ぎ、正しいものを子ども達に残していけたらいいなと思っています。

(おたよりの続き)
 民俗学者である宮本さんは、「子供の世界」という著作の中で、その時代の子どもの姿を描いています。ある章の中に、「オモチャ」について書いてあります。「まず、おもちゃについて、子供の成長にともなって、耳からだけでなく、目や動作を通じての教育が行われる。その中で重要な役割をはたしていたものは、オモチャである。オモチャはモチアソビということばに敬語のオがつき、語尾が省略されてできたことばである。田舎ではいまもモチアソビとか、モチヤソビとかいっているところがある。そして内容的には、大人の用具の模型、または子ども達だけの遊び用具をオモチャといっている。」 
   日本における人形の発祥は、やはり宗教上からのようです。「もともと人形は神の依代としてつくられたり、人間の災厄をはらうときに用いる。形代としてつくられたのが起源であろうが、こういうものが子供のモチアソビになっていった歴史はきわめて古いと思われ、ヒイナ遊びのごときは、平安時代以来の文献にしばしば見えるところであり、それが3月3日に行われるものとはきまっていなかった。そして今日ではヒイナ遊びとよばず、ヒナ祭りというようになってしまって、モチアソビとは違ったものにまでなっている。」最近のヒナ人形は、持って遊ぶと怒られるほど高価になり、見るだけになってしまっていますよね。
   おもちゃは、もともと「子どもが持って遊ぶもの」という機能があり、その内容を大きく二つに分けています。一つは、例えばおひなさまのように、大人の用具のミニチュアで遊ぶことで、大人になるための準備をしているというもの。もう一つは「子ども達だけの遊び」というのは、子どもが自ら作り出し、それは、その時期の子どもに興味があるもの、その役目として、その時期の発達を促すものであるのではないかと思います。そもそもオモチャは、身の回りのものから工夫して作られたものでした。地方の土産店にたくさんならべられているコケシは、もともと東北地方の木地師たちがつくって温泉地の土産として売ったものです。木地師たちは椀や盆をつくるのがその主業であったが、そのあまった木屑で、人形をつくったのです。コケシというのは、木屑を意味する言葉のようであり、西日本では、木屑をコケラとよんでいます。木屑で人形を作ることは東北だけでなく、西日本にもあったのです。つまりロクロをつかって木地ものをつくるところでは、そうした人形を子供たちのためにつくる風習があったのでしょう。その人形をオボコともネブリコともいっているようです。そういえば、コケシは、その形、顔が少しずつ違っています。今でも、子どもたちは、こけしではありませんが、人形を持って遊ぶことが多いです。子どもが人形を持って遊ぶというのは、世界共通なのでしょうね。

 世界の人形について3月15日ごろ載せます。

 

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