園長日記

2012 年 6 月 29 日 金曜日
 今年の保育園のテーマは「世界を知ろう」ですが、職員のテーマとしては「遊び心」をあげています。  先月の園長日記では子どものイタズラを取り上げましたが、いたずら心や探究心、遊び心といった気持ちは多くの子どもに具わっています。しかし、現代においては、大人にこそこのような気持ちを持つことが必要な気がします。PCの普及により徹底的に無駄が省かれ、心のゆとりまでそぎ落とされてしまったかのようです。遊び心を持って保育をするということは、子どもに対して良い影響を与えるのは言うまでもありませんが、その他にも現場の雰囲気を明るくさせることや、職員のモチベーションを上げることにつながればと思い決めました。  今年の2つのテーマを踏まえ今計画をしているのが「アロハデー」です。職員全員でアロハシャツを着て保育にあたり、挨拶や食事、保育内容にも仕掛けをしようかと考えています。子どもだけでなく、大人もワクワクするようなことを「遊び心」を持って考えていきたいと思っています。楽しみにしてください。

(おたよりのつづき)   江戸時代に儀右衛門という少年がいました。彼は小さいころから特別な能力を発揮しますが、彼を紹介するHPには、まず「探究心」(儀右衛門は失敗を恐れることなく、チャレンジし続けた!)と書かれてあります。生まれつきの天才とは、生まれつき探究心が強いということでもあるのです。生まれつき、いろいろな知識を持ったり、生まれつき、未知のものを予知する能力があったのではなく、生まれつき探究心が強く、いろいろなものを知ろう、いろいろなものをやってみようという気持ちが強いということで、その結果、いろいろなことを知り、生み出し、発明していったのです。また、その探究心の強さゆえに、失敗してもなおかつ挑戦しようとしたのです。次のキーワードに「好奇心」が書かれてあります。べっこう細工師だった父親のその高度な技能、手業を目の当たりにし、またあるときは近所の鍛冶屋へ出かけ、真っ赤な鉄の塊が鎌や包丁などに形が変わっていく様子を一心に見つめ、道具屋でかんなで板をけずるやり方を見たり、刃物のつくり方や傘づくり、漆塗り、人形づくりなど、幼い頃から、好奇の目で見つめ、創作の何たるかを知らず知らず学び、どうやってつくっていくのかをすっかり覚え込んでしまいました。 また、彼が自らの道を拓くエネルギーにしたのは、「いたずら心」であったと書かれてあります。こんなエピソードが紹介されています。儀右衛門が数えにして九つのとき、「これ、開けてみ?」と言って、自分が作った硯箱を開けるよう寺子屋の仲間に促します。それは、何の変哲もない硯箱でしたが、誰一人として蓋を開けることができませんでした。この硯箱こそ、発明家として最初に彼を有名にした「開かずの硯箱」だったのです。この箱を開けようとしてみんなが腕を組み唸る姿を見て彼は微笑みます。このように、常にまわりの人々を仰天させる小さないたずら心が、新しいものを発明していく動力なのです。彼が多く発明した「弓曳童子」をはじめとする、精巧な「からくり」は、そんないたずら心が生みだしたものです。    彼の名は、田中久重といい、現在、国立科学博物館に保存されている「万年時計」は、彼が発明した中でも和時計の最高傑作ならびに江戸時代の技術の精華として名高いものです。彼が、75歳の時、政府の要請を受けて東京に移る。銀座に電信機などのメーカーとして「田中製作所」を開きます。その製作所の看板には「万般の機械考案の依頼に応ず」を書かれていたといわれていますが、何かを考えだすことが楽しくて仕方なかったのでしょう。田中製作所において久重は、電信機や時報機などの機器を次々と開発し、日本のエレクトロニクス分野に光明を開いていきます。そして、彼の没後、弟子の田中大吉が受け継いでいきます。それは、看板ではなく、「情熱」と「探究心」なのです。その後、田中製作所は「芝浦製作所」と改称され、さらに後には東芝と改称します。「いたずら心」からさまざまなからくりをつくっていった久重は、次第に、日本初の製氷機械や自転車、人力車、精米機、川の水を引き上げる昇水機など、生活に密着した製品の開発改良にも情熱を傾けていきました。常に「人々に役立ってこそ技術」というポリシーを守り続けた結果ですね。「いたずら心」や「探究心」、「遊び心」、子どもの頃に持っていたこれらの大切な気持ちを、もう一度思い出して実践してみませんか?今年は「童心に帰って・・・」やってみましょう(^^)V

次回は7月15日ごろ「いいかげん」について載せます。

2012 年 6 月 15 日 金曜日
 最近の保育指針や教育要領では、発達段階という捕らえ方はしなくなりました。発達というのは、階段状に、右肩上がりで、分けて行われるのではないからです。ニュージーランドにおける乳幼児カリキュラムに「テファリキ」というものがありますが、そこでは、カリキュラムは、子どもの包括的な発達を反映するべきであるとしています。その具体的な内容として、まず、「エンパワーメント」を挙げています。つまり保育カリキュラムは、「子どもに自ら学び、成長するための力と、“権限”を与えます。」としています。2として、「発達の全体性」が挙げられています。子どもの学びや成長の歩みは、分類できないことと理解し、保育に生かします。たとえば、一つのことに熱中していても、そこから世界を広げ、必要なことを身につけていっているとしています。ここでは、発達は、階段状に上っていくわけでもなく、らせん状に上っていくのでもなく、放射状に広がっていくという概念を持っています。  しかし、その発達に影響するものとして「家族と地域社会性」が挙げられています。それは、絶対的なものではなく、家屋や地域社会などのように広い社会は、保育には不可欠な一部と捉えるのです。町で見た消防自動車は、保育のカリキュラムのもととなるのです。それは、すなわち、発達に影響を及ぼすことができる可能性を持っているのです。そこで、影響を及ぼす環境となるためには、その物との「関係性」が重要になります。子どもは、人、場、ものとの応答的、かつ対等な関係を通じて学んでいくからです。  発達に関するいろいろな考え方がさまざまな人によって提案されました。しかし、その説も脳科学によって証明されるものもあり、否定されるもの、疑問視されるものもあります。そこで、もっとも最新の考え方と、その地域による特性を考慮してテファリキのような発達を基にした保育カリキュラムを日本でも作ることが必要のような気がします。国として制度やお金のことも大切ですが、子どもの育ちについて国会の話題に上がるといいなといつも思っています。