園長日記

2012 年 3 月 15 日 木曜日
 算数のテストにこんな問題が出たらどうするでしょうか。「電線に絵のようにいろいろな鳥が止まっています。この中に“つぐみ”は何羽いるでしょうか?」答えられない人は、数が数えられない人でしょうか。また、大きな農場の絵を見て、「Aさんの畑には、大根が何本植えられているでしょうか?」いろいろな畑の中で、Aさんの畑はどれでしょうか。土の上に見えるいろいろな葉っぱだらけの中から、どれが大根かわかるでしょうか。それがわからなければ、数を数えることはできません。ましてや、「あれは何本あるでしょう?」となると、聞かれた人によって「あれ」が違ったら、本数は違ってしまいます。質問側と聞き手の「あれ」が一致していないと答えられないのです。そこで、言葉の意味を知らなければならないですし、双方の意味の合意がなければならないのです。  言葉を使ったコミュニケーションは、話し手と聞き手が存在します。その双方に言葉の意味の合意が必要になります。そして、その言葉の意味の合意が、数を数えることも可能にするのです。人間は言葉を使うようになっていくだけでなく、言葉の使用が、人間の脳の発達に大きな影響を及ぼしたということが言われています。  オリバー・サックスは、彼の著書「手話の世界へ」(晶文社)の中で、人の脳の発達には言語の使用が不可欠であることの興味深い例を報告しています。それは生まれたときから聴力を失っている人についての報告です。「幼児の聴力に欠陥があると解ったならば、幼児が視力により物事を認識できるようになったら直ちに手話による話しかけが開始されねばならない。何の手段にしろ、人間世界が言語体系に基づいているということを理解させ、言語の体系を習得させる必要がある。その人が生まれながらの聾(ろう)唖(あ)者(しゃ)で、音声による言語体系の習得が不可能でもあっても、手話による言語体系を獲得できたならば正常な頭脳の発達が行われるということである。そのとき手話による働きかけがなされず言語体系を獲得する機会を持たなかった人は人間としての人格を形成することができず、動物の状態から抜け出せなかったのである。」  この例は人が言語というシンボルにより、物事を理解し、様々な抽象的な思考を展開して自らの行動を決めている事を見事に示しているといわれています。そして、人間としての能力の獲得には、音声によるものでなくてもよいから、何らかの方法による言語体系の存在の理解とそれの使用が不可欠であるといっているのです。人間は、「言葉を話す動物である」という言葉は、単に人に自分の意思を伝えるというだけでなく、言葉は、人間世界を構築する重要な役目を担っているのです。ということで、最初の数の理解にしても、言語が大きな役目をしているのです。  人間の進化の過程を知ると、赤ちゃんが泣いているからかわいそうといって、泣く前に欲求を満たしてあげるとか、泣かないようにすべてを心地よくしてあげるのは、成長過程でさまざまなひずみを起こしそうです。赤ちゃんにとって泣くことは立派な言葉なのです。赤ちゃんの言葉をしっかりと理解してあげて、お互いが心地よく過ごせるように出来ると良いですねv(^^)