園長日記

2011 年 1 月 31 日 月曜日
 今、りす組さんが、移行で少しずつ幼児組の2階のお部屋に上がってきています。まだ慣れない環境に戸惑う姿も見られますが、遊びのコーナーには今まで以上にたくさんの物が置いてあり、興味津々の姿も見受けられます。楽しさのあまり、次から次へと遊びを変えて、うっかりお片付けを忘れてしまいます。するとそこにはそれをちゃんと教えてくれるぞう組さんの子ども達がいます。自分達も片づけをしないとみんなが困ってしまうことが理解できているのです。みんなでルールを守れるように教えてあげている姿が見られるようになってきました。自由になんでも出来るということは、しっかりとルールが守れるからなのですね。りす組さんも少しずつこのことに気がついてもらいたいと思います。 (おたよりのつづき)  世界では、今置かれている子どもの状況を憂えています。さまざまな紛争に巻き込まれる子ども達だけでなく、虐待にさらされたり、大人の配下に置かれたりする子どもたちが力萎え、自信を失ってしまい始めました。そうなると、もはや人類の未来はないのではないかということで、子どもたちが生きるプライドを取り戻し、社会を支える重要な構成員としての役割を担えるようになるためにはどうしたらいいかということを、世界の英知を結集し、10年の歳月をかけてつくられたのが「子どもの権利についての到達点」としての「子どもの権利条約」なのです。そこでは、子どもを未熟なものという「保護」の対象である客体から、権利行使の主体として認識し位置付け、締結国に対し、法的拘束力をもつ条約の形で、子どもの権利主体性を確立することを目指したのです。  この「子どもの権利条約」は、4つの柱からできています。まず、「生きる権利」で、「防げる病気などで命をうばわれないこと。病気やけがをしたら治療を受けられることなど」です。次に、「育つ権利」ということで、「教育を受け、休んだり遊んだりできること。考えや信じることの自由が守られ、自分らしく育つことができることなど。」です。そして、「守られる権利」で、「あらゆる種類の虐待(ぎゃくたい)や搾取(さくしゅ)などから守られること。障害のある子どもや少数民族の子どもなどはとくに守られることなど。」です。最後が、「参加する権利」で、「自由に意見をあらわしたり、集まってグループをつくったり、自由な活動をおこなったりできることなど。」です。  この中で、保護対象としての子どもから権利主体としての子どもへと子ども観を転換したものとして注目されたものの一つが、「意見表明権(12条)」です。もうひとつは、「表現の自由(13条)、思想・良心・宗教の自由(14条)、集会・結社の自由(15条)」などの市民的権利です。「子どもは自由に考え、自分の意見を自由に表明し、自分を自由に表現し、自由に集う権利を有する。」というもので、さまざまな自由を保障しようとしています。しかし、この「自由」についてもいろいろな誤解があります。「選択」させることによって、責任を教えるという意味もあるように、「自由」は、ルールや規律を教えるために必要なものです。ある学校の学童クラブの子どもたちに、職員が「規則」は、どんなイメージかどうかを聞いてみたそうです。すると、「いやなもの」「うるさい」「めんどくさい」「ないほうがいい」などネガティブな意見ばかりだったそうです。そこで、「じゃあ、これから規則をつくるのをやめよう!」といったところ、みんなは、「困る」「規則がないとめちゃくちゃになる」というので、「さっきはないほうがいいと言ったんじゃないの?」というと、子どもたちはその矛盾に頭を抱えてしまったそうです。  自由は、好きなことができるからいいと思いますが、好きなことができるために、お互いがきちんとルールを守るからです。その大切さは、言われたことをその通りにやっていたり、止められてやめたりするだけですと、わかりません。自由であるからこそ、その間にあるルールの必要性を感じ、ルールを守る意味を知ることができるのです。「子どもの権利条約」は、子どもの権利を守るというだけではなく、大人になってからの生きる力をつけていくという意味合いもあることに気がつきました。 次回は 2月15日ごろ載せます
2011 年 1 月 15 日 土曜日
 子どもは、目を離すと「いたずら」をします。このいたずらは、子どもの成長に欠かせないものもありますが、困ることも多くあります。たとえば、おもちゃの車を押したり、動かしたりするのはいいのですが、大切な、高価な焼き物を押したりしては困ります。また、困るのが大人であったり、周りの子どもであったりします。困るのが大人である場合の多くは、大人の価値観で判断したり、大人と子どもの世界のギャップであることが多いのですが、周りの子どもが困っているときには気をつけなければなりません。  「江戸の躾と子育て」(中江克己著 祥伝社)の最後の章は「いたずらの仕置」が書かれてあります。江戸時代に限らないでしょうが、なにしろ子どもたちはいたずらが好きだったようです。子どものいたずら好きはいつの時代でも変わりがないのですが、この本を読むと、少子化を迎えた今ほど子どものいたずらが少ない時代がないように思えます。一人ひとりの子どもに目が届き、口が届き、手が届くからです。いわゆる子ども時代での「わるさ」をすることが少ないために、その限度を知らない子が増えているように感じますし、子どものころに経験がないために大きくなって、手がつけられなくなってから悪質ともいえるいたずらをしてしまうこともあるような気がします。  江戸時代の子どものいたずらは、浮世絵に多く描かれているようです。また、歌川国芳による「莟花江戸子数語録」という絵すごろくは、ふりだしから順に、各マスに子どものいたずらが書かれてあるそうです。その中には悪質なものもあり、途中で大目玉を食らったり、「仕つけ」といういたずら直しがあるようです。いたずらを繰り返し、ひどいいたずらは大人から大目玉を食らったり、仕付けられたりして、このすごろくの上がりは、甕に落ちた子どもを、甕を割って助けたという北宋の政治家で学者の司馬光の幼いころの逸話が書かれてあるようです。いたずらを繰り返すことによって、人を助けるようになるというのです。  子どものいたずらは街の中だけでなく、寺子屋でもひどかったようです。現在残っている寺子屋を描いた絵のほとんどの子どもたちは、あちこちを向き、顔に墨を塗ったり、障子に落書きをしたり、庭の柿を食べたり、好き放題ですが、おおむね、師匠は知らん顔です。しかし、それでも師匠に怒られたり、罰せられたりすることはあったようです。「江戸の躾と子育て」の本には、「それは行いが悪く、他人に妨害を加える場合とか、怠惰で勉強が遅れている場合、喧嘩やいい争う場合、他人をだましたり、盗んだりした場合などである。これらはすべて、社会生活を営む上でしてはならないことであり、子どもたちが身につけるべき社会性を喚起させようとしているわけだ。」と書かれてあります。あくまでも、寺子屋での教育は、知識を得るというよりも、社会に出る時の知恵をと規範を学ぶところだったようです。  保育園では、子どもたちは当番活動をしていますが、江戸時代に面白い当番があったようです。それは、悪さをした子が厳しく咎められるたびに、その子に変わって師匠に謝る「あやまり役」という当番です。これは各地にあったようで、地域によっては「止役」ともいうところもあったようです。この役は、同じ寺子屋に通う子どもである場合だけでなく、地域の老人、師匠の妻、子どもの親などがなる場合もあったらしく、建前上あとに引けない師匠の身としては、この役の存在は助かったようです。「江戸の…」の本の中では、「あやまり役の顔を立てて許してやる」と言って解決したのは、いかにも日本的な調整法だと言っています。園では自分で起こした問題は自分たちで解決できるようにと、いよいよピーステーブルが設置されました。相手の話を聞いて、自分の意見を言うのがルールです。「いたずら」をしても、人に迷惑をかけない子になってもらいたいと思います。
2011 年 1 月 1 日 土曜日
  新年明けましておめでとうございます。新しい年がスタートしました。お正月によく聞く言葉に「一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり」という言葉があります。今日という日をどう過ごすのか、それは朝考えることで、それによって充実した日を送ることができ、また、この1年をどう過ごすかを元旦に考えることで、ずいぶんと毎日が違ってきます。物事は、最初が肝心ですし、よりよいスタートをきることが大切です。最近では脳科学の分野での研究が進み、乳幼児のころからの人との関わりについての重要性が、少しずつ分かってきました。そのような中、日本では江戸時代からすでに幼児に対してのしっかりとした考えがありました。今、もう一度古き良きものを見つめ直す時なのかもしれません。 おたよりの続き   上の言葉と同じような言葉に、「一生の計は幼きに在り、慮(おもんばか)りを前にすれば、期に躓(つまづ)かず」というのがあります。これは、自分の生涯の生き方について、幼いときによく考えるべきで、年をとってからでは遅すぎるのです。同じように、思慮計画を十分にすれば、過ちを犯すことはないだろうということです。これは、後悔先に立たずということでもあり、後悔しないためには、事前によく、計画を練ることだと諭しています。同時に、幼児教育の大切さを訴えているのです。この言葉が書かれてあるのは、江戸時代中期に、勝田祐義編で寺子屋の教科書として使われた「金言童子教」という書の中です。  この書は、正徳年間に刊行された、子ども向け教訓句の教科書で、先行する「実語教・童子教」をうけて、和漢の名句を集め、和文の注釈を施したものです。この中から話芸に引用されているものもかなりあるようです。もともとの「金言童子教」は、鎌倉時代、僧侶によって作られたもので、範とした「童子教」は、日本に古くからある「実語教」「童子教」という漢詩調の教訓集で、五字を一句とし、道徳の教科書として早くから活用され、金言・格言を一般化させる原動力ともなっていました。それを範として、江戸時代に勝田によって刊行された「金言童子教」も数多くの金言・格言によって、一般庶民の子弟に家庭や寺子屋などで道徳を教えたのでしょう。  勝田は、この書の序文にこの書を出版するようになったいきさつを書いています。「本来、自分の子どものために書いた家庭内の文書だったのを、友人が見て『これはいい、役に立つから出版しなさい』と盛んに勧めるので、自分は出すつもりはなかったのだが、押し切られるようにして出版したのである」といっています。そして、たとえば「論語」のような本格古典への少年向け手引きとして書いたとも言っています。そこで、「鄙言を以て抄した」解説がついていて、子どもにもとても分かりやすいものとなっています。   この書の最後に付け加えられて言葉に「子不教父過 学不成子罪」があります。この言葉のもとは、中国北宋時代の政治家・学者である司馬光が言った、「養子 不教父之過 訓導不厳師之惰」という言葉で、子どもを養っていながら何も教えなければ、それは父親として失格であり、教え導いて戒めなければ、それは師として怠っていることになりますという句からヒントを得たであろうと言われています。「金言童子教」では、父親が子に学問や道理を教えないのは重大な過ちであり、一方、教育を受けた子が学問のうえで一人前にならないのは子に非があるということを言っています。それは、これらの教えを受けるために寺子屋に通わせたり、子どもに諭すのは親の役目ですが、それを身につけ、実践するかは本人の問題であると最後に言っているのでしょう。   イクメンと言われるお父さんたちが少しずつ増えていますが、江戸時代も家事はしないまでも、子どもに対して父親として学問や道理はしっかりと教えていたのですね。 e5889de697a5e381aee587ba